北森鴻/深淵のガランス

深淵のガランス

深淵のガランス

 北森鴻が得意とする美術ミステリの新シリーズ。とは言っても,どこかで見たような女旗師〈狐〉が登場します。ちなみに文藝春秋社の公式サイトでははっきりと宇佐見陶子と書かれていたり。折角,作者が名前を伏せているんだからさ。ちょっとデリカシーに欠けるというか,粋を知らなさすぎるというか。まあ北森鴻の読者なら直ぐに分かるんだろうけど。
 系列としてはその宇佐見陶子を主人公とする《旗師冬孤堂》シリーズに連なるもの。花師であり,絵画修復師でもある佐月恭壱を主人公に据える2本の中編「深淵のガランス」「血色夢」が収録されています。ともに安定感があって,実に北森鴻らしい硬質の文章で綴られた良質のミステリだと思いますが,個人的には表題作のほうが好み。結局,オレは性善説に立ってしまう人間なのです(苦笑)。
 いかにも北森鴻らしい作品ということで,さほど目新しさは感じなかったのが残念。新機軸を打ち出した作品ではないです。だからこそ,旧来のファンとしては安心して読めるんですが。そして旧来のファンとしてはそろそろ宇佐見陶子,蓮丈那智,越名集治,三軒茶屋のバーのマスター,そしてこの佐月恭壱が勢揃いする長編を期待しています。